ペテロの宣教と人々の悔い改め 使徒2:37-42
先週は、教会暦の聖霊降臨日でした。ペンテコステとも言います。
主イエスが復活して40日で天に昇られました。そのときにエルサレムで〈父の約束〉(使徒1:4)を待つように言われた主の弟子たち。〈父の約束〉とは聖霊でした。〈聖霊によるバプテスマ〉(同1:5)ということばも見られます。主イエスが天に昇り、父なる神の右に座ったことで、聖霊が、神と主イエスによって降されました(ヨハネ16:7)。
弟子たちは聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、他国の様々なことばで話し始めました(使徒2:4)。聖霊の言語奇跡です。救い主誕生がマリアの処女懐胎から始まって神のイニシアチブが示されたように、教会の誕生も言語奇跡によって神のイニシアチブが示されました。
しかし言語奇跡だけが、その日、起こった聖霊の働きではありません。言語奇跡に驚いた大勢の人たちに、ペテロは説教をしました。言語奇跡は、旧約聖書のヨエル書が実現した聖霊の働きであること。そして、主イエスは十字架で殺されたけれど〈神は、イエスを死の苦しみから解き放って、よみがえらせ〉たと語りました(使徒2:24)。
聖霊が降り、弟子たちが聖霊に満たされたペンテコステの日に、ペテロが語った説教はイエス・キリストの十字架と復活をはっきりと伝えるものでした。十字架について(主イエスが十字架で非業の死を遂げたことについて)は、特定の人の責任というより、すべての人の責任でした。そして復活は、旧約聖書にも預言された神の御心でした。
ペテロはこう言いました。2:32-33〈このイエスを、神はよみがえらせました。私たちはみな、そのことの証人です。2:33 ですから、神の右に上げられたイエスが、約束された聖霊を御父から受けて、今あなたがたが目にし、耳にしている聖霊を注いでくださったのです〉。
十字架で死んだ主イエスを神が放置せず復活させたことは、主イエスが救い主であることの動かぬ証拠でした。そして〈私たちはみな、そのことの証人です〉とペテロは言いました。イエス・キリストが、あの臆病な弟子たちによって、ペンテコステの日から証言されています。それもまた弟子たちに臨んだ聖霊の働きのはずです(使徒1:8参照)。
続けてペテロは言いました。〈ですから、神の右に上げられたイエスが、約束された聖霊を御父から受けて、今あなたがたが目にし、耳にしている聖霊を注いでくださったのです〉。ペテロの宣教は、ペテロの働きであると共に、聖霊の働きでした。ペテロの説教をとおして、エルサレムの人たちは、聖霊を目撃し、聖霊を聞きました。
聖霊は不可視のはずですが〈今あなたがたが目にし、耳にしている聖霊〉と書かれています。ペテロ自身がそう言っているわけですが、このことから、ペテロの説教(福音宣教)もまた、間違いなく、聖霊の働きであったことが分かります。
(悔い改めてバプテスマを受ける)
先週もお話しし、今日も開いております、使徒の働き2章は、聖霊による教会の誕生を記しています。その誕生は、3つの出来事によるものでした。第一は、聖霊の降臨による言語奇跡でした。第二は、今日すでに説明をしましたペテロの福音宣教(説教)でした。第三は、多くの人々の悔い改めです。とくに今日、これを掘り下げたいのです。
2:37から読んでいきましょう。ペテロの説教が終ったところです。2:37〈人々はこれを聞いて心を刺され、ペテロとほかの使徒たちに、「兄弟たち、私たちはどうしたらよいでしょうか」と言った〉。
説教をして聴いた会衆の反応が全然気にならない人がいたら、それは説教者として問題が大きな人です。
先週、私は、ある説教をしました。聞いてもらう相手はクリスチャンではなく、教会生活の経験もない人でしたが、身内にクリスチャンがいたり、私たちとも親しくもなっていたので、伝道の好機到来と妻も私も思っていました。イエス様の十字架の箇所から、限られた数分でしたが、精一杯、ご当人に福音(伝道説教)を語りました。
すると、聖書の奨めを聞き終わったその人が、ぽつんと感想を言ってくれました。「キリストというのはほんとうに生きていた人だったのですね」。話の内容ではなく、話の前提。主イエスが歴史的に実在していたことがわかった。千里の道も一歩から。とはいえ、とはいえ。説教を聴く人たち(会衆)には様々なレベルがあることが分かります。
ペテロの説教は聖霊に導かれたすばらしいものであったはずです。それこそ聖霊が見えたり聞こえたりしている説教です(使徒2:33)。しかし、この人々の好反応は注釈が必要です。特別な条件もあったのだと思います。
まず彼らはユダヤ人か改宗者(2:11)で、聖書を知り、聖書の神を信じていました。
またそのなかで、もともとエルサレムやユダヤに住む人たちと、五旬節(2:1)に参加するために四方の諸国から巡礼者として滞在していた人に分かれます。エルサレム神殿での祭りの日を目指して〈都上り〉(詩篇120-134篇)するような人は、聖書の信仰に熱心な人たちでしょう。またエルサレムやユダヤに住む人たちは、余所から来た人たち以上に主イエスが十字架上で殺された事件が身近であったに違いないのです。
つまりペテロに向けて説教への応答として〈心を刺され、ペテロとほかの使徒たちに、「兄弟たち、私たちはどうしたらよいでしょうか」と言った〉のは、こういう人たちです。初代教会の誕生は、アブラハムまたはモーセ以来の聖書の信仰の伝統、そして主が、十字架の死に至るまでエルサレムであかしを続けたことと大いに関係するのです。
2:38-41〈そこで、ペテロは彼らに言った。「それぞれ罪を赦していただくために、悔い改めて、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。2:39 この約束は、あなたがたに、あなたがたの子どもたちに、そして遠くにいるすべての人々に、すなわち、私たちの神である主が召される人ならだれにでも、与えられているのです。」2:40 ペテロは、ほかにも多くのことばをもって証しをし、「この曲がった時代から救われなさい」と言って、彼らに勧めた。2:41 彼のことばを受け入れた人々はバプテスマを受けた。その日、三千人ほどが仲間に加えられた〉。
人々は、まことの神を信じ、聖書を受け入れているはずなのに、神に対する悔い改めを求められました。そして〈イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい〉とも言われました。これは、まことの神に信頼し、自らの罪を認めて、悔い改めるがゆえに、主イエスに対する信仰を告白し、仲間に加わることが奨められています。
聖書であかしされている神を信じるだけでなく、まことの神を信じ、聖書に信頼するがゆえに、主イエスを救い主として信じることが求められます(ヨハネ14:1、使徒16:31)。それは〈この曲がった時代から救われる〉ことでもありました。
聖霊に満たされるという経験(2:4)、すなわち聖霊によるバプテスマ(1:5)を受けた弟子たちは、水のバプテスマを否定することはありませんでした。それどころか〈そうすれば、賜物として聖霊を受けます〉と言ったのです。
救いの御霊と、救いを告白する水のバプテスマには、いのちとかたちのような関係がありますが、本日は論じません。しかし御霊を受けた人は水のバプテスマも受けたらいいし、水のバプテスマを受けたけれど聖霊の満たしを経験していない人は求めたらいいと思います。また、この日のように、水のバプテスマをとおして聖霊が与えられる場合も否定しません。聖霊は主権者です(ヨハネ3:8)。
そうです。朝の9時に激しい風が吹いてきたような響きが起こり、弟子たちは聖霊に満たされ言語奇跡が起きました。しかしそれだけが、ペンテコステの日の、聖霊の働きではありません。ペテロをはじめとする使徒たちの力強い宣教もそうですし、福音を聴いて信じてバプテスマを受け、教会に加わった会衆にも、聖霊の働きがありました。
(聖霊による共同体)
ここで2:39だけをもう一度読みます。曰く〈この約束は、あなたがたに、あなたがたの子どもたちに、そして遠くにいるすべての人々に、すなわち、私たちの神である主が召される人ならだれにでも、与えられているのです〉。
父なる神の約束は、聖霊が〈私たちの神である主が召される人〉全員に与えられることでした。それは、①〈あなたがたに〉(いまペテロの説教を聴いてバプテスマに導かれようとしている人たちに)。②〈あなたがたの子どもたちに〉(その日信じた人たちから伝わって救われる次世代)。③〈遠くにいるすべての人々に〉(ユダヤ人から見て異邦人)といった広がりがあります。
聖霊が与えられることは、ペンテコステの日のエルサレムだけでなく、そのように、時間的にも空間的にも広がって続いていきます。そして、それは、そういう個人がただ増えるということではなくて、主の教会(主の会衆)が幾つもの場所で生まれるということでした。それは後々使徒の働きで読み取れていきますが、この日、地上にあるキリスト教会はエルサレム教会だけでした。
ペテロのことばから神に悔い改め、主イエスの名によってバプテスマを受けたのは、3,000人でした。2:41-42から読みます。〈彼のことばを受け入れた人々はバプテスマを受けた。その日、三千人ほどが仲間に加えられた。2:42彼らはいつも、使徒たちの教えを守り、交わりを持ち、パンを裂き、祈りをしていた〉。
たとえばアダムが最初の人類として代表的なように、エルサレム教会が最初の教会として代表的です。42節には教会としての基本があります。41節では〈その日、三千人ほどが仲間に加えられた〉とありますが、その日までの弟子たちの人数は〈百二十人ほどの人々〉(1:15)だったのです。急激な人数の増加です。
それはどんな教会だったのでしょう。土地も建物もない教会です。どこかに公認された集まりでもありません。まだ〈クリスチャン〉(使徒11:26)ということばもありません。しかしたしかに〈その日、三千人ほどが仲間に加えられた〉のです。温故知新。最初の教会は、いまの私たちにも大いに参考になるのではないでしょうか。
2:43-47からも学べると思いますが、本日は42節のトピックを中心に考えましょう。
第一に、最初の教会は〈使徒たちの教えを守る〉ことをしていました。ペテロをはじめとする使徒たちは、イエス・キリストの公生涯で、主と共にいた目撃者でした(1:22)。後に教会は新約聖書を聖なる文書として定めるときに、使徒の目撃証言か否かを基準としました。又聞きではなくて、最初から、教会は、イエス・キリストのたしかな情報に立とうとしました。
それは私たちが、だれかの話や、別のだれかの本や動画ではなく、直接、聖書のことばから神の真理を受け取ろう(確認しよう)とする精神にもなります。最近はスマホのアプリなどでも聖書の朗読を聴くことができますし、私も使っていて、有益ですが…、教会の培ってきた大切な文化として、より多くの人が、本である聖書の素読や通読にも熱心に励んでいる状態が望ましいと思うのです。とくに若い世代にはお奨めです。
そして〈使徒たちの教えを守る〉とは、イエス・キリストのことばや行い(存在そのもの)から離れないということだと思います。とくに、群れとしても個人としても、聖書とそのメッセージに親しみ続けることが〈使徒たちの教えを守る〉ことのはずです。
第二に〈交わりを持ち〉ということです。使徒たちをとおして神やキリストの教えを聴きながら、同じ信仰に導かれた仲間(兄弟姉妹)に対して無関心だというのは矛盾していると思います。顔を見たら挨拶をする、名前を覚え、覚えてもらう。そして具体的なことで助け合います。
2:44-45にはこうあります。〈信者となった人々はみな一つになって、一切の物を共有し、2:45 財産や所有物を売っては、それぞれの必要に応じて、皆に分配していた〉。まるで原始共産社会のようですが、それはエルサレムに向かって旅するイエスがそのような集団communeをつくっていたからだと思います(ルカ8:3参照)。
そのようなエルサレム教会での経済面での遣り方は、紀元70年にローマ軍によってエルサレムが陥落するまで続いていたと私は思います。しかし虚偽の寄付行為(使徒5:1-11)や不公平になりやすい分配(使徒6:1-7)など、最初から問題がありました。しかし個人的にも集団としても、困った人たちへの気前の良さは、いつの時代も変わらない教会の特質のはずです(ヨハネ13:34-35、Ⅰヨハネ3:16-18)。
第三に〈パンを裂き〉。これは聖餐式のことです。ことばにおいてキリストを覚えるだけでなく、飲食の象徴行為によってもキリストを覚えるということです(Ⅰコリント11:24-25)。とくにキリストを覚えるというとき、彼が私たちの罪のために十字架にかかって血を流して死んだことは、強く覚えるべきで、決して忘れてはなりません。
第四に〈祈りをしていた〉ことです。教会は祈りの家(イザヤ56:7、マタイ21:13)であるべきで、成長する教会は祈る教会であるとしばしば聴かされます。
私たちは2000年前になされたキリストの救いの贖いにこだわり続けるものですが、教会であれ個人であれ、将来に向かって明るく正しく進もうとするとき、祈りなしには難しいのではないでしょうか。〈絶えず祈りなさい〉(Ⅰテサロニケ5:17)と聖書は言っています。どうぞ水曜日の祈祷会を祈りの場に利用してください。また本日は月に一度の小祈り会があります。心をあわせて互いのため、教会のため、地域の救霊のため、世界宣教のため、共に祈りをささげましょう。説教の終りにもこうして祈ります。
「主よ。最初の教会の様子を共に確認いたしました。各々の、教会に根ざしながらの人生がみことばと祈りによって益々豊かにされますように。主の御名で。アーメン」。
