土台が明暗を分ける マタイ7:24-27
(1919年ある青年の回心)
それは1919年11月23日のことでありました。誕生は1900年2月13日ですから、20世紀ではなくぎりぎり19世紀生まれとなります、その青年は鳥取県で生まれ、小学校を卒業すると、ひとり兵庫県の神戸市へ。荒田町というところで下宿生活をしながら、19歳のころは造船所の現場で働き、それなりの収入も得ていたようです。
その年11月23日は日曜日と祝日が重なった天気の良い日で、下宿の二階でくすぶるものではないと青年は思い、常のように神戸唯一の歓楽街、湊川新開地に足を運びます。その日、青年はどうしたことか心が落ち着かず、夕食後に再び湊川新開地(歓楽街)に舞い戻ります。植木の市もあり、ガス灯の横で香具師の口上も聞こえる、賑やかな空き地。そこに大太鼓のドーンドーンという音が聞こえ、それはその空き地に隣接する神戸基督教伝道館からの夜の集会の合図であったらしいのです。
青年はその建物がキリスト教の集会所とも知らず、覗くだけのつもりが、ベンチに腰をおろし、伝道集会に参加することになります。一度も聞いたことのない賛美歌を賛美歌と分からず歌わせられ、日本人による信仰経験談(証詞)を聞かされたあとになりますが、集会で青年はバセット・ウィルクスという名のイギリス人宣教師の説教を聞くことになります。
ウィルクスは金髪で西洋人とわかりましたから、通訳がつくものと青年は考えていました。しかし意外なことにその外人宣教師の口からは非常に流暢な漢語混じりのハイカラな日本語が飛び出します。「キリスト様を信じれば、馬が行灯を咥えたような、長い不景気な顔をした人でも、かぼちゃのように、急須のように、にこにこした笑顔に変ります」。青年は、ウィルクスが鼻眼鏡をしていて、いつ鼻眼鏡が鼻からずり落ちるかの心配もしていたのですが、ウィルクスは日本語の聖書を開いて読み始めます。
マタイ7:24-27でした。この時代は、いわゆる文語の聖書しかない時代でしたが、私たちが現在使っている訳でお読みいたします。マタイ福音書7:24-27〈ですから、わたしのこれらのことばを聞いて、それを行う者はみな、岩の上に自分の家を建てた賢い人にたとえることができます。7:25 雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家を襲っても、家は倒れませんでした。岩の上に土台が据えられていたからです。7:26 また、わたしのこれらのことばを聞いて、それを行わない者はみな、砂の上に自分の家を建てた愚かな人にたとえることができます。7:27 雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけると、倒れてしまいました。しかもその倒れ方はひどいものでした。」〉。
それからウィルクス師は、1905年8月に自分が軽井沢で経験した大洪水の話をされました。建てたばかりのサマーハウスが、想像もつかない速さで濁流が家の土台を流し、5分も経たないうちに家は沈没する船のように、ゆっくりと激流のなかに沈みながら、中流へと押し流されてしまったそうです。
そのようなすさまじい光景をウィルクス師は目撃したわけですが、その光景を手に取るように話され、砂上の楼閣の脆さと、土台なき人生への警告、そして岩であるキリストに人生の土台を置くように迫りました。その青年は、その日初めて教会を訪ね、その日初めて聖書のことばを聞き、その日初めてキリストの救いを教えられたのです。
1919年11月23日、その日がこの青年の回心の日となりました。この青年の名は安藤仲市といいます。後に牧師となり、とくに日本における福音派のリーダーのひとりとなり、東京基督教大学を経営する東京キリスト教学園の初代理事長にもなりました。この安藤仲市青年については、今日の説教の終りに再び取り上げます。
(いのちはあるか)
マタイ福音書は、マルコ福音書をベースにしながら編まれた福音書を言われています。しかしマルコにはない主イエス誕生の記事があったりもしますし、主がなさった説教のことばも多く含まれています。
主イエスは、ご自分に従い始めた弟子たちと、まだそこまでは進んでいない群衆のために、この山上の説教を語られました。迫害を受けたら喜べとか、情欲を抱いて女を見るなとか、実行が難しいと思えて、これは理想だけを述べたものであると解釈したり、厳しすぎて信仰が躓くと感じたりする人も多いです。
5:3から始まり本日の7:27に至る山上の説教のクライマックスは、先の説教でも申しましたが、7:12の黄金律といわれています。マタイ7:12〈ですから、人からしてもらいたいことは何でも、あなたがたも同じように人にしなさい。これが律法と預言者です〉。聖書の戒めは、要するに、他の人からしてもらいたいことを、他の人にすることだというのです。この黄金律の戒めは〈あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい〉という戒めに言い換えることができます(ガラテヤ5:14、ヤコブ 2:8)。
山上の説教のクライマックスが7:12の黄金律であって、その黄金律が〈あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい〉という隣人愛の戒めに言い換えることができるのであれば、山上の説教に厳格さだとか理想主義を感じたとしても、新約聖書の内容として特別に突出しているわけではないということです。
そして山上の説教で強調されていることを二つあげるとすれば、ひとつは《義》です(マタイ5:6、10、20、6:33)。そしてもうひとつは《律法と預言者》(5:20、7:12)すなわち旧約聖書です。山上の説教もまた、旧約聖書を土台としてイエス・キリストによって世に示された福音の流れのなかで語られたメッセージということができます。
〈ですから、人からしてもらいたいことは何でも、あなたがたも同じように人にしなさい。これが律法と預言者です〉。7:12で山上の説教がクライマックスに達したあと、主イエスは《裁き》について語ります。それは13-14節で二つの門と道の話。7:15-20は二つの木と実の話。そして本日の箇所でふたりの人と二つの家の話です。
そしてもうひとつ注目すべきなのは、7:21-23で、終りの日の裁きについて主が語っておられるということです。〈わたしに向かって『主よ、主よ』と言う者がみな天の御国に入るのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行う者が入るのです。7:22 その日には多くの者がわたしに言うでしょう。『主よ、主よ。私たちはあなたの名によって預言し、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって多くの奇跡を行ったではありませんか。』7:23 しかし、わたしはそのとき、彼らにはっきりと言います。『わたしはおまえたちを全く知らない。不法を行う者たち、わたしから離れて行け。』〉。
木は実によって見分ける、すなわち本性は現象によって判定します。そして預言者の真偽についていえば、語ったことが聖書全体からも正しいか(教理的判断)。これと、語ったことが実際に現実化したか(歴史的判断)なのですが、ひとりの信仰者で置き換えると、次のようになります。
すなわち、イエスを主と呼ぶように、正しく信仰告白されているか。またイエスの御名にふさわしく、正しい実践がなされているかなのです。しかし22-23節では、イエスを主と呼びながら、主の御名で教会的行為をなしているのに〈不法を行う者たち〉と呼ばれて退けられます。教理的にも実践的にも正しいのに、キリストに裁かれるとはどうしたことでしょう。
それでは21節にいう天の王国に入ることのできる〈天におられるわたしの父のみこころを行う者〉とはだれのことでしょう。〈天におられるわたしの父のみこころを行う〉とは何でしょう。ほんとうに私たち人間が御国に入るために必要なのは、いのちなのではないでしょうか。罪の赦しによってもたらされる永遠の神のいのち、聖霊です。
神の御心を行なうとは、福音によって神のいのちをいただくこと。神の御心を行なう人は、福音によって神のいのちをいただいて、今も存在して生きている人(生存している人)ではないでしょうか。
そこに主がそれぞれに導いておられる進路や奉仕があるはずです。奉仕らしきことをしていても、神の御心からずれることがあります。気をつけましょう。
(愚かな人の特徴と土台が意味するもの)
そんなことを考えながら岩の上の家と砂の上の家について考えてみましょう。この二つの家はそれぞれ賢い人と愚かな人に建てられました。愚かな人とは、ロイドジョーンズによれば、次の特色を持っています。
第一に、愚かな人はせっかちな人です。形勢を見たり、企画を考えて、相談する時間がないと考えます。待つ時間などないと考えます。
第二に、愚かな人は、それゆえ人と相談したり、指導に耳を傾けない人です。また耳を傾けないだけではなく、心底、自分に他者からの指導は不必要だと考えている人です。
第三に、愚かな人は、これもまたそれゆえと言っていいでしょう。物事を徹底的考えようとしない態度の持ち主です。よほど自分が今思っていることに自信があるのです。
それに対して賢い人は、ひとつの大きな願いを持っています。耐久性のある家を強く欲しています。強く欲するがゆえに、謙遜に自分の能力を測って、自分よりすぐれた人に相談もし、助言を求めることができます。そのために時間も労力も惜しみません。
そのように賢い人と愚かな人には根本的な違いがあります。しかし、にもかかわらず、共通点もあります。共に自発性があり、自分の家を建てるという共通の夢を持っています。信仰者のみに、人生を悔いなく過ごしたいという切なる願いがあるわけではありません。また、信仰者でない人は、皆、破滅型というわけでもないのです。
賢い人も愚かな人も、実際に家を建てます。柱を立て、壁をつくり、屋根を架け、床を張り、内装にもかかります。しかし土台が違いました。砂の上では土台を据えたとはとても言えませんでした。
この教会が8年前に会堂建設に取り組んだとき地盤調査をしました。地盤は掘ってみないと分かりません。地盤調査で合格したら、そのまま建てることができます。不合格なら地盤改良工事をしてから建てるのです。しかし地盤も土台もふだんは見えません。同じように見えます。しかしふだん見えてこないことが明暗を分けることがあるのです。
共に家を建てること、土台や地盤は(とくに建て終わってからは)見えないこと、そのような共通点がありますが、どうして土台は大切なのか。それはふたりの人が建てた二つの家は、共に雨風の試練にあうのです。
読めば分かることですが、25節も27節も同じ言葉を使っています。〈雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家を〉襲ったり打ちつけたりします。イエス・キリストは罪を犯しませんでしたが、他の人間(私たち)と同じように試みに遭いました(ヘブル4:15)。しかし試みや問題があることが問題ではなく、試みや問題をどう解決するかが(真の)問題です。
そして最後の共通点です。賢い人も愚かな人も〈わたしのこれらのことば〉(山上の説教)を聞いているのです。聞いたか聞かないかではなく、聞いて行なったか、聞いたけれど行なわなかったかが明暗を分けたのです。狭い門から入っても細い道を歩き続けたか、良い木であったはずが良い実を結ぶことができたか。
そして主の御心に導かれた行いがあったかどうかが土台となります。土台とはキリストです(Ⅰコリント3:11)。土台とは、キリストによる支配のことかもしれません。〈神の堅固な土台は据えられて〉いるのです(Ⅱテモテ2:19)。
(福音は不安や恐怖からの解放)
最初に話した安藤仲市牧師のことをもう少し語って、今日の説教を閉じたいと思います。この安藤青年はキリスト信仰とのファーストコンタクトが決定的な回心となりました。珍しいケースかもしれません。しかし安藤青年は、その必要を内側に持っていたのでしょう。ウィルクス宣教師の説教を聴きながら、彼はこう思いました。「どんなにひいき目に見ても、自分は砂の上の人生である。誘惑の嵐のなかで建てたり倒れたり、薄志弱行型の悔い多き日常で、特に死の恐怖には脅かされていた」。
さらに彼はこんな生い立ちを持っていました。彼の父親は中国山脈で採れる砂鉄を原料に精錬する日本鋼の職人でした。貧乏人の子だくさんで、六人姉弟の長男でした。
そして小学三、四年のころ、母親が不眠症からノイローゼとなり、精神が正常ではなくなった時期がありました。夜はほとんど眠らないで壁に向って話し続ける。昼間は弟をおぶって気の向くところへ出かける。自分の通う小学校に出かけて校舎の白壁に落書きをしたこともあったそうです。父親に頼まれてもっと遠いところへ母を迎えにいったこともありました。そしてその後、お母さんの病気は回復しますが、平常の生活に戻ってから病気中の出来事などを知り、迷惑をかけたことを恥じて自決します。神戸から鉄道と人力車で安藤青年はこの葬儀のために帰省もしています。
安藤青年は自分が母親のようにいつかは精神的不幸に襲われるだろうという不安がつきまとい、運命の暗い影に脅かされていました。そんな彼が、マタイ7:24-27の説教を湊川の神戸基督教伝道館で聴いたのでした。「ところが幸いにして、救いをいただき、聖書信仰に生かされたため、これが大逆転するに至った」と彼は自叙伝で述べています。
私たちにも不安があります。人生の試練に打ち勝つことができない弱さを噛みしめることもしばしばあります。しかし私たちの罪のためにいのちを投げ出した救い主が、私たちの人生の土台となってくださいます。この福音に、私たちは生かされます。
