2026年10月11日礼拝説教「隠れたマナと白い石~ペルガモン教会の内患~」黙示録2:12~17

隠されたマナと白い石~ペルガモン教会の内患~   黙示録2:12-17

 多くの地域に様々な状況の教会があります。教会のかしらであり、救い主であるイエス・キリストは、それぞれに特徴のある教会のすべてを愛しておられます。そして、それぞれの教会にふさわしく、主はその群れを導こうとされます。そのことを覚えるため、黙示録の2章から3章にある七つの教会への手紙を私たちは学び始めました。

 七つの教会とは、今はトルコの国ですが、当時は小アジアと呼ばれた地域の街々に、実際に存在していた教会です。〈エペソ、スミルナ、ペルガモン、ティアティラ、サルディス、フィラデルフィア、ラオディキア〉(1:11)。その七つの教会に使徒ヨハネは手紙を書き送るよう言われました。本日は三つめの教会ペルガモンです。

(サタンの住まいでの殉教)

 2:12〈また、ペルガモンにある教会の御使いに書き送れ。『鋭い両刃の剣を持つ方が、こう言われる──〉。ペルガモンという地名は、聖書のなかでは黙示録の1:11と2:12、二箇所に見出されるのみです。しかし聖書に載っていないからといって小さな街というわけではありません。

 岩波書店で発行されている聖書は、用語解説が付いていて理解を助けるところがあります。それによりますとまず「スミュルナの北方およそ70キロメートル、海岸からおよそ24キロメートルの内陸にあって、カイコス川を見おろす岩山の家に位置していた町」。これは地形ですね。エペソやスミルナと違って沿岸ではなく内陸にあります。

 「前133年以後ローマの属州となってからはアジア州の首都として政治の中心地。羊皮紙巻物の図書館や医学校があったことでも有名。アウグストゥス治世下の属州再編で州都の座はエフェソにゆずったものの、アジア州における皇帝礼拝発祥の地であり、またその後の中心地ともみなされ」。

 これはペルガモンの街の歴史です。それも政治的な話です。領土を広げるローマは、前133年にアジア州を属州として自らの版図に加えました。ペルガモンの街は、ローマに反対するのではなく、ローマの支配を受け入れる立場をとったため、この属州の政治的中心(アジア州の州都)となります。その後、いくつかの経緯があり、前6年に州都はエペソに移りますが、それでも(というか、それだからこそよけいになのかもしれませんが)ローマ皇帝を敬い、敬うどころか信仰の対象としてローマ皇帝を礼拝する、アジア州の拠点となりました。

 さらに「その他にも、医学の神アスクレピオス神殿、ゼウスやデイオニュソス神殿など各種の異教祭祀が盛んで、それぞれに巡礼者を引きつけ、偶像礼拝の中心地の観があった」。政治的思惑の皇帝礼拝だけではなく、ギリシア・ローマの神々(ゼウスやデイオニュソスなど)を拝む。加えて特徴的なのは医療の神アスクレピオスへの礼拝でした。その流れでペルガモンには医学校があったのでしょう。

 2:13で、ペルガモンには〈サタンの王座がある〉とか〈サタンが住むあなたがたのところ〉と言われていますが、これは皇帝礼拝の中心地だったからか、その他の偶像崇拝が活発だったのか。

 いずれにせよ、ペルガモンにおける信仰の戦いは厳しいものでした。先週、スミルナの教会はエペソ教会よりも迫害が厳しく強かったと申しましたが、ペルガモン教会への迫害はスミルナ教会のそれをさらに上回るものだったのではないでしょうか。

 その理由としては、先週のスミルナ教会の困難(迫害を理由とする苦難)は、貧しさと悪口と投獄だと言いましたが、殉教の話はしませんでした。実は、スミルナ教会は、2世紀になってからポリュカルポスという著名な殉教者を出すのです。スミルナ教会の箇所でポリュカルポスの話をする方は多いのです。

 先週私は導かれて「死に至るまで」という題を付けましたけれど、殉教の話をしなかったのです。2世紀のスミルナ教会はともかくとして、この黙示録が書かれたころのスミルナ教会の苦難は、貧しさと悪口と投獄であって「死に至るまで」とは殉教の覚悟というより、苦しみが長く続いても地上の人生の終りまで忠実に歩み続けることだったと思います。

 しかし本日のペルガモンの教会は違います。2:13〈わたしは、あなたが住んでいるところを知っている。そこにはサタンの王座がある。しかしあなたは、わたしの名を堅く保って、わたしの確かな証人アンティパスが、サタンが住むあなたがたのところで殺されたときでさえ、わたしに対する信仰を捨てなかった〉。

 主イエスの名のゆえにいのちを落としたアンティパス。彼は殺されたのです。アンティパスについては何も分かっていません。名前しか残っていない人物のようです。どのようにアンティパスは死ななければならなかったのでしょうか。クリスチャンに対する暴動が起こって、彼が犠牲者になったのでしょうか。それとも地域ぐるみ、あるいは親族ぐるみのリンチに遭ったのでしょうか。

 アンティパスは、しかし主イエスの〈確かな証人〉でした。この〈証人〉というギリシア語は、英語の殉教者martyrの語源になります。アンティパスは〈わたし(主イエス)に対する信仰を捨てなかった〉のです。〈守った〉ではなく〈捨てなかった〉という言い方は、信仰を棄てることを強要されたけれど従わなかったことかもしれません。

 殉教者を出すほどに、激しい迫害に耐えているペルガモンの教会。それも選択肢のひとつかもしれませんが、私だったら他の街へ移ったかもしれません。しかし今の時代も、敢えて宣教困難な地域に出かけて、福音を伝え、教会を形成しようとする、神の働きのあることを覚えましょう。私たち連合が国境を越えて支援しているネパールのバクタプル教会は、ネパールのなかでも格別に異教の寺院が密集している街であります。

(二種の内患が蝕む)

 そのように私たちは厳しい反対や迫害を受ける地域の教会や個人の存在を覚えたいと思うのです。しかし今回、私たちが見ていますペルガモンの教会は、それだけが問題ではありませんでした。2:14〈けれども、あなたには少しばかり責めるべきことがある。あなたのところに、バラムの教えを頑なに守る者たちがいる。バラムはバラクに教えて、偶像に献げたいけにえをイスラエルの子らが食べ、淫らなことを行うように、彼らの前につまずきを置かせた〉。さらに2:15〈同じように、あなたのところにもニコライ派の教えを頑なに守っている者たちがいる〉とあります。

 四字熟語に、内憂外患ということばがあります。内患外禍ということばもあるそうです。共に、内側からも外側からもチャレンジ(克服すべき課題)が来ている状態のことです。14節には〈バラムの教えを頑なに守る者たち〉。15節には〈ニコライ派の教えを頑なに守っている者たち〉。共に〈あなたのところ〉すなわち教会のなかにいるのです。

 14節のバラムとは何者か。バラムに教わるバラクとは何者か。旧約聖書、民数記の記事です。バラクはモアブ民族の王。バラムは有名な占い師でした。バラク王はバラムを雇って、モーセに率いられて荒野の旅をしているイスラエルの民を呪おうと考えました。しかし神の特別な力に守られて、バラムはイスラエルを呪うことができず、かえって祝福してしまいます(民数記22-24章)。

 バラムとバラクは諦めたでしょうか。いいえ、占い師バラムは別の方法をバラク王に進言します。すなわちイスラエルの民に、当地のモアブの女をくっつける。イスラエルは、モアブの女性たちを通じてモアブの神々に心を寄せる。そうなれば、イスラエル人たちは、主なる神に罰せられるという作戦でした(民数記25:1-3)。この作戦が功を奏し、イスラエルは罰せられてその日のうちに23,000人が死にました(Ⅰコリント10:8)。

 強制的な暴力には立ち向かえても、甘い誘惑には弱い。そんな急所が私たち人間にはないでしょうか(特に男性にはないでしょうか)。誘惑に負けて、大きな罪を犯し、将来を台無しにする。そんな信仰者は、いつの時代のどこの群れにも(教派・教会や伝道団体や神学校に)ない話ではないのです。

 〈あなたのところに、バラムの教えを頑なに守る者たちがいる。バラムはバラクに教えて、偶像に献げたいけにえをイスラエルの子らが食べ、淫らなことを行うように、彼らの前につまずきを置かせた〉。ペルガモンの教会には、異教徒との交際で証を立てられなかった人が続出したのではないでしょうか。アンティパスのようにいのちを投げ出した殉教者がいる一方で、偶像礼拝や不品行や占いで、自らの信仰の質を弱め、群れ全体にも悪影響を及ぼしたりする人たちがいたのかもしれません。

 加えて〈ニコライ派の教えを頑なに守っている(奉じる)者たち〉がおりました。これもまた質の違う脱線だったに違いありません。エペソ教会にも謎の異端であるニコライ派の動きはありました。しかしエペソの兄姉たちは〈ニコライ派の人々の行いを憎んでいる〉(2:6)とのことでした。それに比べて、ペルガモンの兄姉たちよ。あなたたちは、ニコライ派の間違いに気づかないのか。ニコライ派に限らず信仰理解がおかしくなった人たちに、教会は線を引き、排除か救出のどちらかに取り組むしかないのです。

 小畑進先生は2:15の講解説教で以下のように言っています。「一致の名目を大事としながら、生命そのものを失うことにならないか。兄弟の悪を見て見ないふうではなく、祈り心をもってですが、忠告し、時には叱責し、懲罰することも必要でした。数の確保に意を用いて、質の変化を招いてはならない。外との戦いにかまけて、内の腐敗を等閑視してはならない。兄弟愛の美名にかまけて、真の兄弟は誰か、を見失うことはならない。…。あえて、憎まれても、悪はこれを切り取ることも使命としなければなりません」。ペルガモンであれ、千葉ニュータウンであれ、教会はいかにすべきでしょうか。

(悔い改めて恵まれる教会)

 2:16〈だから、悔い改めなさい。そうしないなら、わたしはすぐにあなたのところに行き、わたしの口の剣をもって彼らと戦う〉。

 エペソの教会でも悔い改めが説かれたように、内憂外患のペルガモン教会でも悔い改めが説かれています。あるべきところからずれてしまった神の民は、今の自分を否定して、本来の姿に戻ろうとしなければ。初めの行いをしなければ、です。

 そして悔い改めないなら、主イエスは教会のかしららしくペルガモンの群れに乗り込み〈わたしの口の剣をもって彼らと戦う〉というのです。〈彼ら〉とは間違いなくバラムの教えやニコライ派の教えを保っている異端的な二つの勢力のことでしょう。しかし悔い改めるべきは彼らだけではありません。悔い改めとは、悪をなす者だけではなく、悪を戒めなかった者(なすべき正しいことを行わなかった者)にも求められます。教会が神の家族であり、兄弟姉妹と呼び合うほどの同朋(仲間)であれば、連帯責任もあるのではないでしょうか。

 それにしても、です。主イエスは〈わたしの口の剣をもって彼らと戦う〉と言っています。思えばこの教会の手紙の冒頭で主イエスは〈鋭い両刃の剣を持つ方〉(2:12)と名告っております。主イエスは剣を持っておられますが、何と口の中に入れているというのです。実はすでに主イエスは1:16でご自分をそのような方としてヨハネに現わしておられました。〈(その方は)口から鋭い両刃の剣が出ていて〉。

 これは、主イエスが持つ武器(鋭い両刃の剣)が、神のことばであると示しているに違いありません。ヘブル書4:12にはこうあります。〈神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄を分けるまでに刺し貫き、心の思いやはかりごとを見分けることができます〉。神のことばは、両刃の剣らしく、相手を斬るだけではなく、自らの心を刺すのです。そうあってこそ、教会の悔い改めです。

 2:17〈耳のある者は、御霊が諸教会に告げることを聞きなさい。勝利を得る者には、わたしは隠されているマナを与える。また、白い石を与える。その石には、それを受ける者のほかはだれも知らない、新しい名が記されている〉。

 勝利者には〈隠されているマナ〉と〈白い石〉が与えられます。黙示録はシンボルの文学なので、何を意味するのか考えなければならなくなります。

 しかし〈隠されているマナ〉が与えられるとは、日ごとに、神のことばが与えられ、聖霊によって悟ることができて、養われることではないでしょうか。神のことばを受けとめて悔い改めると、神のことばに養われるのです。

 〈白い石〉は〈受ける者のほかはだれも知らない、新しい名が記されている〉が特徴です。〈白い石〉の解釈は7つ以上の説があるそうです。しかし、救いについて内的確信が与えられることだと私は思います。たとえばコロサイ書にはこういうことばがあります。〈互いに偽りを言ってはいけません。あなたがたは古い人をその行いとともに脱ぎ捨てて、新しい人を着たのです。新しい人は、それを造られた方のかたちにしたがって新しくされ続け、真の知識に至ります〉(コロサイ3:9-10)。

 〈新しい人〉には〈新しい名〉が付けられているはずなのです。私たちはそれぞれ、キリストの十字架の贖い(神の救い)によって〈新しい人〉が息づいています。それは自分にしかわからない部分もあるかもしれませんが、たしかに信仰者は〈新しい人を着た〉者です。神は、キリストを信じた私たちにも言われます。〈あなたはわたしの愛する子。わたしはあなたを喜ぶ〉(マルコ1:11)。

 「主なる神。私たちを外からの圧迫からだけでなく内側の誘惑からも守ってください。新しい名を与えられた新しい人として御言葉によって養われますように。アーメン」。